私は古希の年令半ばを過ぎたところです。昨年の夏は角川書店より、10年にわたって単独世界一周レース参戦に挑戦し続けた物語、『孤闘』を出版しました。これを区切りと考え、今年は第7回目の世界一周無寄港で挑戦してみようと決意しています。今まで、外洋ヨットレース艇"酒呑童子II"で地球6周回っている、その中、3回がAround Aloneレース 1990/91年、1994/5年そして1998/9年レース参戦、そのレース回航で地球3周を回った。今までは全ていくつか港に寄港をしている。

今回は70歳で東回り無寄港世界一周をスタートし無事完走できれば、年令も71歳となります。そして"酒呑童子II"のAround Alone レースナンバー"71"、そして地球7周の完了を祝う事ができます。これを記して"Challenge -7"としました。

1997年のメルボルン-大阪レ-ス以来、国際レース挑戦8回(オーストラリア一周レース、シドニー−ホバートレース、オークランド−福岡レース、単独大西洋横断レースそしてAround Aloneレース3回)その殆どを自己資金で賄ってきました。今では資金は枯渇しており、今回の単独無寄港(東周り)世界一周をChallenge−7 "酒呑童子II"に皆様方の熱いご援助・支援をいただければ感謝に堪えません。

私のヨット人生は僅か31年、"エー!31年がわずかですか"と言われますが、帆船の歴史のある海外には、多くのすばらしいセーラーいます。古くは船名"Spray"で有名な1900年代始め単独世界一周した米国のCaptジョシュア・スローカム、1995年サンディエゴのアメリカズ・カップでデニス・コナーズを5‐0で破りニュージーランドに勝利をもたらし不運にも53才で海賊に襲われ殺されたSirピーター・ブレーク、67才で消えた第1回太平洋横断レースの優勝者でエリック・タバリー、そして、Around Alone レース(次回、2006レースより5−Oceansと改名)オーガナイザーであるSirロビン・ノックスジョンストン、彼等は50年以上のキャリーと航海距離30万海里以上でしょう。かれら見れば、チッチャイ、チッチャイ話です。

私に残された人生もすくなくなりました。その限られた残りの年数の中に、目標を据えて力の及ぶ限り挑戦したいと思います。ヨットレースの醍醐味、OP、ディンギ−から始まり、外洋レース、スポーツとして、又、帆船のすばらしさが多くの若者達に理解され普及することを望みます。"Challenge−7"(酒呑童子II)に賛同いただければ幸いです。
   
平成16年8月 斎藤 実